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もし夫が「がん」になったら。はんにゃ川島の妻が語る家族の心境

川島菜月
2021.05.02

ESSEでは約3か月で14kgの減量に成功した「だしダイエット」でもおなじみの、お笑いコンビ・はんにゃの川島章良さん。そのダイエットのきっかけになったのが、2014年、32歳のときに発覚した「がん」でした。

発覚したその日は、当時つき合っていた妻・菜月さんにプロポーズをするタイミングだったそう。そのとき菜月さんは妊娠5か月。

長男の誕生日を祝う、はんにゃ川島さん一家
長男の誕生日を祝う、はんにゃ川島さん一家

あれから約6年強。がん治療の区切りとされる「5年」をすぎ、川島さんは再発なく元気に活躍されています。ここでは、川島さんの妻で、現在ブロガーとしても人気な菜月さんに当時の心境や、妻から見た夫の闘病、配偶者が「がん」になったとき、家族としてできることなどをつづっていただきました。

旅行先でまさかの「がん」告知。そのときお腹には子どもがいた

病院のベッドに男性
がん手術で入院中だった頃のはんにゃ・川島さん

当時交際中だった夫(はんにゃ・川島章良さん)と温泉旅行を楽しんでいたときのこと。それは突如やってきました。

その日の夜、私が温泉から出て部屋に戻ると、なにやら暗い表情で悲壮感に暮れている彼がいました。それはもう…「なにかあった?」と声をかけなければ崩れ落ちそうなほどの表情。

「え、どうしたの? なにかあった?」と聞くと、
「今病院から連絡があって“がん”になってしまったみたい」とポツリ。
そこからすぐに彼のお母さんに電話して事情を説明していました。

夫が電話を切ったあと
「びっくりしたよね。つらいよね。だけど! 赤ちゃんががんを見つけてくれたと思おう。がんになったんじゃなく、がんを見つけてくれたんだよ」
と口走っていました

当時私は妊娠中。のちに夫がインタビューなどで語っていますが、その日プロポーズをする予定だったのだそうです。それを聞いたときはなんというタイミングだろうと思いましたが、そのときは、結婚よりも彼を支えなければ! という思いでいっぱいでした。また、私の育ての親である祖母が、少し前に乳がんを患い治療によって治ったという経験があったので、がんが身近にあり、なんとなく大丈夫だという思いもあったと思います。

あとで夫に当時のことを聞くと、「がんになってしまった…と死を想像していたけれど、がんを見つけてくれたと思ったら気持ちが軽くなった」と言ってくれ、ほっとしましたが、あの頃は私も気丈にしなきゃ! という気持ちが強かったと思います。

●手術までの2か月間はとにかく「普段どおり」に過ごすと決意

そこからすぐに手術→入院生活かと思いきや、彼は「仕事は休みたくない。だから長期でお休みができるお正月に手術しようと思う」と言い、手術の日まで1日も休まず働いていました。

花嫁と花婿
がん手術から1年後に挙げた結婚式。がん発覚当初はまだ先のことはなにも考えられず

手術までの約2か月間。とにかく普段どおりの生活を送ろうと決めました。もし私が逆の立場だったとき、パートナーが落ち込んでいる姿を見ると自分まで落ち込んでしまうと思ったからです。食事も仕事も接し方もすべて普段どおり。

そうして迎えた手術当日。私が今でも印象に残ってるのは、手術室に入る直前のことです。

車イスで行きますか? と看護師さんに聞かれると夫は「大丈夫です、歩いて行きます」と回答。ふたりで手をつないで手術室まで歩いて行きました。そして「大丈夫! 大丈夫! なっちゃん大丈夫だからね!」と、自分に言い聞かせるかのように私に声をかけてくれました。

でもやっぱり怖かったんでしょう。手術室の前でしばらく入るのを躊躇していました(笑)。入ろうとしては戻ってきて、私を抱きしめて、また入ろうとしてはまた戻ってきて、抱きしめて…3回目くらいかな?「もうええわい!」とさすがにつっこんでしまいました。

ひと笑いし、リラックスできたのか「行ってきます」と手術室に向かって行きました。そのときの顔は忘れられません。悲しそうなつらそうな、こわばった表情で…。彼の弱い部分を初めて見た私は「私が強くならないといけない。支えなきゃいけない。」と決意。

「大丈夫! 待ってるよ!」と見送りました。

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