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食洗機はいらない。料理家が50代でたどり着いたものとの向き合い方

高城直子
2021.04.09

10年ぶりのエッセイ本『おとなになってはみたけれど』を上梓した料理家の飛田和緒さん(57歳)。本の中には、居を構える海辺ののどかな町の情景や、直し直し住んでいるというご自宅の様子も多く登場しています。年齢を重ねてたどり着いた、住まいへの思い、ものとの向き合い方などを、飛田さんに伺いました。

女性正面
飛田和緒さん

飛田和緒さんインタビュー。50代でたどり着いた「ものとの向き合い方」

年齢を重ね、暮らしはどんどん変化をしていくもの。今の飛田さんにとって心地よい暮らしについて教えてもらいました。

●ものとの向き合い方も変わってきた。食洗機も私には必要ない

――以前はものすごくもの持ちで、物欲も激しかったと聞いていますが…?

飛田さん:そのとおり。さらにとにかく捨てられない性格でした。ただ、年齢とともに物欲も収まりつつあって、今はやっぱりものがあふれていると「どうにかしなくちゃ」とザワザワしてきますね。

だから今は棚からはみ出すようなことになったら、数を見直すと決めています。あと、新しいものを手に入れたら、ひとつ手放すとか。といっても捨てるわけではなくて、次に大切に使ってくださる方に差し上げています。みんなが集まる機会に合わせて、テーブルにもう使わない食器や調理器具をわーっと並べて、「お気に入りがあったらぜひ持って帰って」って。年に1度くらいやっていたけれど、ここ2年はそういう機会もお預けだから、だいぶたまってきちゃいました。

――なんと魅力的な会なんでしょう。

飛田さん:でもね、ふふふ、みんなが持って帰ったあとに限って、「あ、あれ、あげちゃったんだ~」って必ず心残りに思うんですよ(笑)。まあ、しばらくするとコロッと忘れてしまうので、結局手放してよかったものだとわかるんです。私の場合、スパッといくのが合っているみたいですね。

そういえば、こないだも食洗機を外してしまいました。この家に引っ越してきたときにわざわざつけてもらったものなのだけれど。結局、最初にちょこっと使っただけで、最近はもの入れになっていたんです。「これは意味ないな」って外してもらうことにして。そうしたら、いろんなものが出てくる出てくる(笑)。おろし金なんかもう、何個も出てきて。「なんでこんなもの、大事に何個も持っていたのかしら」って自分ながらあきれてしまったくらい。たぶん、撮影で使うかもしれないからと取っていたのだろうけれど、結局ここに隠れていたわけだから使われていない。なければないで何とかなっていたということですよね。「必要かもしれない」と思って持つのは、もうやめました。

――自宅で撮影される機会も多いのに、食洗機は使っていないのですね。

飛田さん:食洗機って、一般的にお夕飯食べたあとにセットして、朝起きたら乾かし終えているという感じですよね。そこが私の生活とはちょっと合わないかなって。私は寝る前にやりきっちゃって、朝はなにもしなくていい状態で迎えたいタイプで…。

――なるほど、そこは自分のタイミングを大切にしたい…?

飛田さん:それ以外はそんなにこだわりないんですけれどね。食洗機だって、「あると便利だよ」と言われたから「それなら…」という感じだったし、そもそもこの家だって、「窓からの景色が好き」というだけで決めて、キッチンの造作なんてほとんど見もしなかったんです。

●料理はキッチンよりも「つくりたい気持ち」が大切

女性横顔――料理家だけに、キッチンには相当のこだわりを持っているイメージでした。

飛田さん:私にその体力はない(笑)。逆に、ひとり暮らし時代のコンロひとつのキッチンから始まって、そのときどきの場所で料理をつくり続けてきたから、どこへ行っても料理できる自信はあるんです。「ここじゃないとダメ」とか「あれがないとダメ」はないですね。私のレシピも、どんなキッチンでもつくれることを前提にしています。

――なるほど! つくりたいという気持ちがあれば、料理はいつでもどこでもつくれる――。ところで、娘さんは高校生とのこと。料理を教える機会も多いのですか?

飛田さん:こと細かに教えたことはないですね。ただ食べさせるだけ。食べさせて味を覚えさせれば、手取り足取りこうやるんだよ、なんて言わなくてもできるようになるんです。私もそうでした。だから、こんな日に、こんな料理を食べさせたということだけは大事にしてきましたね。あとは彼女が、おいしいものを自分でつくって食べてみたい、だれかに食べてもらいたいという気持ちになれば、自然とつくれるようになるはず…(笑)。

――行事を大切にすることは、そのままお料理の腕にもつながってくるわけですね。

飛田さん:その日になると、それを食べたり、つくりたくなってくるんですよ。不思議だけれど。

――料理をつくって食卓を囲むことは家族の最高のコミュニケーションでもあり、子どもにとっては大人になるスキルを身につける学びの場でもあるんですね。

飛田さん:料理が潤滑油の役割をしてくれるというのは、確かにありますね。わが家も、最近こそ夫とはケンカにもなりませんが(笑)、ちょっと危うい雰囲気になると食べ物で軌道修正していました。夫はカレーライス、しかも市販のルーカレーが大好物なので、「今日はいつものカレーだよ」と言えば、ご機嫌でいてくれるんです。さらにカツでもつけた日には、もうテンション上がりまくりで(笑)。なんてラクで安上がりなんだろうと思いつつ、ルーカレーには頭が上がりません。

高く澄んだ声で、楽しい話を聞かせてくれた飛田さん。最新刊『おとなになってはみたけれど』(扶桑社刊)では、飛田さんの日常や食生活、コロナ禍に考えたことなどがじっくりと描かれています。ぜひ手に取ってみてくださいね。

<撮影/山川修一 取材・文/高城直子>

【飛田和緒さん】

料理家。1964年東京生まれ。高校3年間を長野で過ごし、山の幸や保存食のおいしさに開眼する。現在は、神奈川県の海辺の町に、夫と高校生の娘と3人で暮らす。気負わずつくれるシンプルでおいしい家庭料理を得意とし、著書は100冊を超える。最新刊のエッセイ本『おとなになってはみたけれど』(扶桑社刊)が好評発売中。

おとなになってはみたけれど

“おとな”には十分な年になった今だから思うこと、日々のことを、海辺の家に住む料理家が綴るエッセー集。

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