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乳がんから生き延びて43歳で離婚、退社。人生にがまんする時間はない

坂元希美
2021.01.22

●がんサバイバーだからこそ、離婚をがまんしている時間はもうない

離婚届でも、だめになるときは、なる。離婚の理由は「お互いの価値観のズレ」というありきたりなものでした。いくら10年生存を達成しても、結婚生活が続くとは限らなかった。「病気もちをせっかく貰ってもらったのに、なぜがまんしないのか」と家族に責められましたが、私にとっては「がまんしている時間は、もうない」のです。

治療による体調不良の5年間と、寛解とみなされるまでのビクビクした経過観察を合わせた10年。その時間は無駄にしたとは言いたくないけれど、思いどおりにできないことの多かった10年の先に、さらにがまんしている場合じゃないと考えたのです。

もちろん、サバイバーの人たち皆が離婚してしまうわけではありません。でも、がんになったことがきっかけで夫婦や家族、友人など人間関係を考え直したり、それまで平気だった関係が危機に陥ったことがあるというお話は、よく聞きます。

乳がんの10年生存率は79.3%。私はざっくり8割の中に入れたわけですが、残り2割になる可能性もゼロではなかった。結婚という世間的な「当たり前」から離脱する悲しさはあるけれど、自分の失われた10年を考えたら、この先10年に無駄は一切持ち込みたくなかったし、時間泥棒にくれてやるわけにはいかなかったのです。

●非正規雇用のつらさが身にしみる

就職氷河期の始まりに大学を卒業した私は、ほとんど正社員という働き方ができずに生きてきました。
がんを治療しながら結婚し仕事もしたいと思ったときには、世の中がリーマンショック。それまでの経歴から希望していた出版関係は、パートも派遣もほとんど求人なし。体調も悪いし、ブランクもあるからと、しばらくは事務のアルバイトやパートをしました。

そして5年間の治療が終わると、嘘みたいに体調がよくなり、景気も回復してきたので、ようやくとある業界専門紙に派遣社員で勤めることができました。
41歳にして自分の力が活かせる、やりがいのある仕事に就けてとてもうれしかったものです。離婚後も、残業を含めて働いていれば暮らしていけるな、という感じでした。

しかし、独りになってバリバリ働き始めて1年ほど経った頃、体調不良が増えてきました。やはりがんという既往歴を持つ者としては、早く病院にかかりたい。あるいは定時で帰って、体を休めたい。そうすると収入が減ってしまうのが非正規のつらいところです。

たとえばインフルエンザにかかると正社員には5日の特別有給休暇がありますが、派遣社員は同じ5日間の出社停止でも、自分の有給を使うか欠勤しなければいけないのです。

この頃に始まったいろんな体調不良は更年期障害によるものでした。
派遣契約にある業務以外にも会社が手がけるイベント運営に参加したり、会社に貢献していると思っていた時期でした。

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