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自閉症の息子の大学合格までの道。母として子育てで感じたこと

2020.09.24
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もし家族が発達障害だったら…。向き合い方やサポートの工夫は不可欠です。
ここでは、自身も発達障害であることを発信しているグラフィックデザイナーの西出弥加さんが、発達障害と診断された息子と寄り添ってきた、お母さんの経験を取材しました。

だれにも言えなかった息子の苦悩。二人三脚で成し遂げた大学合格への道

中学校の入学式記念撮影
Fさんの息子さんの中学校の入学式にて

本人は発達特性による生きづらさを抱えながら多大な努力をしていても、他者からそのような部分は目に見えづらく、なかなか気づいてはもらえないもの。
今回、発達障害のことを話してくれたのは自閉症をもつ息子の母、Fさん。息子さんが自閉症であることに気づいたのは、彼が10歳のときだったそうです。

自閉症は極端にできる部分とできない部分があり、勉強方法や行動のパターンに本人なりの特徴が大きく現れたりします。過集中しては疲れてしまったり、些細な音や光でも、すごく苦手を感じる人もいます。

●息子の苦悩を知ったとき、しっかり支えようと決意

――息子さんの発達障害には、どのようなきっかけで気づいたのでしょうか?

私が息子の特性に気づいたときには、本人はすでに文字を書くことに苦しんでいて、その苦しみをだれにも言えないままずっとガマンしていました。そして教室にいても黒板のチョークの音、鉛筆のカリカリとした音が耳に鋭く響いており、片耳を塞いで鼻で息をしながら音を消していたそうです。
なぜ親である私がもっと早く気づかなかったのだろうと、悲しみと後悔を感じました。

息子は漢字は読めているけれど、書けないということがありました。レポートはひらがなで書かれていて、先生からは「漢字で書きましょう」と添削されていました。一生懸命書いたレポートも、先生から見たら「なぜすでに習っている漢字を書かないのか」という風に映っていたかもしれません。
本人の中に、できる部分とできない部分が極端にあるということ。その理解を得ることは難しく、大変苦労していたようです。これができるのだから、これもできるでしょうと思われたり、できるのにやらないのではないかと誤解をされていました。

さまざまなことを周囲に説明しないと生活ができないという状態でしたが、どんなことがあっても私は本人の苦しみや悩みに共感し、一緒に支え合って生きていこうと心に決めています。私は幼少期から辛かった記憶が多く、子どもたちにはできるだけ辛い思いはして欲しくありません。嫌な親子関係の連鎖は、私の代で、絶対になくしたいと思っています。

●自分自身も過去に親に否定されて育った。母になりわかった子育てのこと

ーーFさん自身の子ども時代の家庭環境はどのような感じでしたか?

私は3人姉弟の末っ子で生まれました。母は姉ばかりかわいがっていた記憶があります。仕事人間であまり触れ合った記憶がありません。母は私がやることに反対ばかりで、頑張ったねとほめてもらった記憶はありません。
気づいたら私は自分のことを好きになれなくなっていました。家に居場所がなくなり、アルバイトを繰り返したり好きな人と遊んだり、家に帰っても家族とは顔を合わせない生活をしていましたが、それが、たたってしまい体調を崩して入院しました。
母は姉には甘く、怒りもせず姉がなにか悪いことをしても、仕方ないんじゃないかと言いきります。姉のように甘く見てもらえる瞬間が、一度でも欲しかったです。

ーーご結婚されて、その心境は変わりましたか?

主人と出会い結婚したことで自分の居場所を見つけられました。結婚してから体調を崩した時期があり、それが自分自身と向き合うきっかけをくれました。不調が続いたときにカウンセリングや病院に行くことで、親との関係や問題が心に残っていることに直面し、母のことを冷静に見れるようになりました。
正直、過去の思い出はどうしても消えてくれないので、許すことは一生できないですが、生んでくれたことにはすごく感謝しています。そうでなければ今の大切な家族とは出会えてないし、家族との幸せな思い出もなかったからです。

卒業証書と子どもと女性私も母親となり、息子と娘に平等に接することの難しさは痛感しました。母を反面教師と思い、子育てをし、自分なりに理想の母親を想像しながら生活していますが、正解なのかはいまだにわかりません。

ただ、自分の大切な人が幸せな気持ちになるよう、私も元気で穏やかに過ごしたいと思っています。

●息子と一緒に歩んだ受験までの道。合格したときは抱き合って…

ーーお子さんの学力のサポートはどのように行なってきたのでしょうか?

息子がここまで勉強を続けられたのは、病院の先生から紹介された家庭教師の存在が大きかったです。息子が書きやすい方法、まとめやすい方法を模索して寄り添ってくれました。気分の乗らない日は将棋をしてくださったり、人の気持ちをくんでくれる方でした。学校ではこのようなことは特になく、自分自身で色々なことを乗り越えていました。

息子は去年、高校3年生になり、進路を自分自身で考えていました。小学校の先生になりたいと言っていました。理由は、「僕が困っていたときに助けてもらえた経験を、今度は僕が、発達障害のある子どもにしてあげたい」ということでした。私はとてもうれしかったです。応援してあげたい気持ちでいっぱいになりました。
しかし、オープンキャンパスで進路相談した大学側の反応はさまざまで、緊張の連続でした。支援室の先生や教授との面談では、「教師になる場合、配慮などは受けることはできない、最後まで単位を取れるのか、とても厳しい道ですよ? それでも、受験する権利はありますが」とまで言われました。言葉の節々に敏感に反応してしまう自分がいて、気持ちが張り裂けそうでした。
指定校推薦の受験結果は、異例の保留でした。後日、私同伴の再面接があり、あまりの緊張で倒れそうでした。こんなに弱いお母さんでごめんね、と思う日もたくさんあります。
大学の先生方から、息子と私に「本当に厳しい道ですが頑張れますか? お母さまはどうお考えですか?」と問われ「私はチャレンジして欲しいです。全力で支えます」と返答しました。

今まで努力で苦手なことも乗り越えてきたので、大丈夫だという思いでいっぱいでした。その帰り道「僕はバカにされているのか?」と息子が言いました。私は今の悔しい気持ちを糧にして忘れないで頑張ろうと話しながら、帰り道、親子2人で歩きました。夜になったばかりの空と、息子の深いため息が印象に残っています。

卒業証書授与式記念撮影なんとか大学を合格したときには、2人で抱き合い泣きました。長かったね。これからも頑張ろうねと話しました。

入学式がとても楽しみでしたが、ここでまた新しい課題が出てきました。新型コロナウイルスの影響で、キャンパスでの授業や実習はできなくなりました。すべてオンライン授業になり、息子は頑張ろうとしていましたが、対面でアイコンタクトを取りながら相手の気持ちを取るようにしていたようで、慣れるのに必死で質疑応答はできないという状態が続きました。

環境の変化があればだれにでも困難は出てくるものですが、息子には極端なストレスがかかっているように見受けられました。授業のリズムに慣れない自分にイラだち、大きな体を震わせ、涙をポロポロこぼしながら、「やっぱり僕には無理なんだ! やろうとしてもどうしてもできない! 自分が嫌だ!」と叫んでいました。そんなことない! 必ずなにかやり方があるから、大学に相談して一緒に考えようと話しました。泣いている息子を見るだけで私も辛く、やはり無理なのかと思うときもたくさんあります。

しかし、息子は諦めてはいません。大学の履修で学芸員課程を望んでいますが、とても合っていると思います。

●困難に立ち向かいながらも、得意分野から可能性を見出してまい進する息子

ーー息子さんには得意分野はあるのでしょうか?

今は大学の支援室の先生に連絡を取り、息子の困りごとを直接聞いて頂き、少しずつマイペースでやり始めました。規制が少し緩和されてからは、支援室の部屋を利用して在学のボランティアの方からアドバイスを受け、自分のペースをつかみ前期の授業を終えました。車の教習所に行ったり、週に2日ほど飲食店でアルバイトもしています。

息子の得意な分野は記憶力です。将棋が好きですが、名人の名前やタイトル等、細やかに教えてくれます。将棋に関しては、自分の考えで解いてみて納得できることが非常に多いです。今後、いろいろな可能性を見つけ、息子に合った仕事で、生活できればと思っています。

そしてもしかしたらこれから先の人生、共に過ごす人に出会うかもしれません。そのときは精一杯応援してあげたいですし、幸せを望みます。夫と温かく見守っていきたいです。いつもそう話しています。

●母としてできることは、「気持ちの部分で支えてあげること」

ーー息子さんとの日々を振り返ってみて、気づいたことはありますか?

私が思う大事なことは、一人ひとりの個性を理解することです。そして一緒に悩み、涙しながらも、子どもが自分自身に自信を持てるよう、経験を重ねること。なにかできたときには子どもをたくさんほめること。つまづいたとき、気持ちの部分で支えてあげること。

最近は発達障害が認知されてきていますが、偏見はまだたくさんあるので、さまざまな本当の情報が増えたらいいなと思います。そして親子でなにかあったとき、一人で悩まないで、周囲にも相談してほしいと思っています。

●同じく自閉症の特性をもつ西出弥加さんがインタビューで感じたこと

私自身も、自閉症スペクトラムのアスペルガー症候群なのですが、息子さんは大学でのさまざまなことをこれからも乗り越えていかれるのだと思いました。学校での騒音や、先生とのコミュニケーションにも向き合って、コツコツと頑張ってきた息子さんは、とても強くて優しい方だと思います。私なら、音が気になるのと過集中な部分もあり、職員室でのコミュニケーションが難しく、教師は諦めてしまうかもしれません。
じつは、かつて私も教師を目指していました。自分で発達特性に気づいていない人は世の中に溢れていますが、気づいていて、かつ若い子を支えたいと思ってくださる当事者の教師はなかなか探してもいません。息子さんは、次世代の人たちの希望になることを私は応援しています。

●インタビュアー・西出さん自身のことをつづった記事はこちら

発達障害同士であえて別居婚。夫婦仲が以前より良好な理由

<取材・文/西出弥加>

【西出弥加さん】

絵本作家、グラフィックデザイナー。1歳のときから色鉛筆で絵を描き始める。20歳のとき、mixiに投稿したイラストがきっかけで絵本やイラストの仕事を始める。Twitterは@frenchbeansaya

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