旬の素材を使った毎日の料理や、時季ならではのおいしい食べ方をつぶやくツイッターアカウント、「きょうの140字ごはん」(

@140words_recipe

)を運営する文筆家の寿木(すずき)けいさん。

使いたいと思う食材や道具、そしてだれかへの贈り物は、四季に導かれるものだそう。
寿木さんから季節のあいさつに代えて、読者の皆さんへ「今日はこれを手に取ってみませんか?」とお誘いします。

自粛生活のなか、花を飾った人は多いのではないでしょうか。
今回は寿木さんに、花を魅力的に見せてくれる花ビンと、その楽しみ方を教えてもらいました。

市村美佳子さんの花ビンとの出合い

今年1月に開かれた市村美佳子さんの個展『花瓶専門店』へ、最終日の終了時間ぎりぎりに出かけることができた。

DM
たくさんの花ビンが勢揃いしたDM。今でも部屋に飾っている。
すべての画像を見る(全9枚)

「すべて試着できます」と謳った展示会には、市村さんが世界中から集めた、国籍も年代もさまざまな花ビンと、一軒の花屋と呼んでいいほどの多種多彩な花が並んでいた。

●花を“試着する”というアイディア

花に「試着」という言葉をあてがうのは珍しいけれど、会場では、気に入った花ビンをどれでもテーブルにのせて、花を自由に合わせて眺められるようになっていた。

生けた花
はかなげな花、個性の強いもの、大きく枝がうねっているもの。さまざまな花を実際に生けてみる。

私が生けた花に市村さんが少し手を加えただけで、どの花もすみずみまで神経がいき渡り、くつろいでいるように見えた。本当に、ちょっとした枝の角度や、茎の扱い次第なのだ。
おしゃべりをしながら手を動かして、「これはシック」、「あれもかわいい」と言いながら花を生ける時間は、冬の夕暮れの心躍るようなひとときだった。

●時代を超えて生き残った器との出合い

展示会の根本にあるのは、「力のある花ビンがひとつあれば、花を生けるのが楽しくなる」という市村さんのメッセージ。
結局私は、100年以上前からフィンランドで使われていたという花ビンを買って帰った。どうやって私のもとまでたどり着いたのか、この花ビンがたどった不思議な足跡を思う。

花器
玉虫色のような、ひと言では説明できない色と質感。男でも女でもない、国も年代もわからないミステリアスさにも惹かれた。

この花器を手に入れて以来、定期的に花を買うようになった。

近所に好きな花屋さんがあり、スタッフの女性と相談しながら花を選ぶ。花ビンの写真を見せたことがあるので、「今日もあの花ビンですか」と聞いてくださったりもする。

どんな花ビンにどう飾りたいかを説明することは、美容院で好みの髪型を説明したり、洋服店で探している服について意見を求めたりすることと同じ。自分はどうしたいのかが問われる。

●花に触れ、深く集中する

水きりは毎朝。茎が短くなっていくにつれて生け方を変えてみたり、飾る場所を変えてみたりもする。ほんの2~3分のことだけれど、集中できていい気分転換になる。
花を生けたら、子どもたちを公園に連れて行く。9時に帰宅して、9時30分には仕事スタート。花に触れる時間を皮きりに、1日のスケジュールがスタートするのだ。

チューリップと小さなワラビ

ある日、春を告げるチューリップと小さなワラビを生けた。花ビンの写真を見た花屋の方が「ワラビなんておもしろいかも」と選んでくれた。

黄色いバラ

店内でひときわ輝いていた黄色いバラに映えるように選んだのは、対照的な紫のベロニカ。それから、葉先が紫に染まったアカシアも。

ティーバ

ラナンキュラスの新種「ティーバ」は、シルバーに光る花弁が特徴的だ。自由奔放な茎の動きを損なわないように生けるのは、気ままな動物を手懐ける感覚に近い。

「いつも同じ花ビンで飽きない?」と聞かれることもあるのだけれど、そこはさすがに市村さんのお眼鏡にかなった精鋭。花に呼応するようにして、新鮮な姿を見せてくれる。

それに、飾る場所を移して視界を変えてみるのも、自宅にいる時間が増えたこの時期ならではの遊びだ。

フェアビアンカ

これはキャンドルに照らされる場所にフェアビアンカを置いたもの。深夜、大輪の白が浮かびあがる。

こちらはエキゾチックなダリアをあえて和室に。うっかり切り落としてしまった葉を花器のすそに添えた。

カラー

子どもたちがあまり通らない、仕事部屋に続く廊下にカラーを飾ることも。

●SNSを通して広がる“これが私の生ける道”

私は花を習ったことはないのだけれど、今はSNSをとおしてさまざまな人たちの四季折々の生け方を知ることができる。生け方の解説を読むことで、そのひとの美意識だけでなく、生き方まで想像できることがある。
ご紹介した

市村さんのインスタグラムはもちろん、最近では新井麻友さん

の世界にも、心をぎゅっとつかまれる。「生けられた途端、花ではなく人になる」と評したのは、新井さんのとあるファンの方だ。

ケーキをひとつ買うなら、ビールを一本買うなら、花を一輪飾りたい。この自粛生活を機に、力のある花ビンから私が得た大きな楽しみだ。

【寿木けい(すずきけい)】

富山県出身。文筆家、家庭料理人。著書に『

いつものごはんは、きほんの10品あればいい』(小学館刊)など。最新刊は、初めての書き下ろし随筆集『閨と厨』(CCCメディアハウス刊)。趣味は読書。好物はカキとマティーニ。 ツイッター:きょうの140字ごはん(@140words_recipe) ウェブサイト:keisuzuki.info