作家・作詞家として活躍する高橋久美子さんによる暮らしのエッセイ。今回、高橋さんがつづってくれたのは、優しい土地でおもてなしされたという「ところてん」のお話。本格的なつくり方も教えてもらいました。

第2回「ところてん食べたいな」

暮らしっく
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●小さな頃から身近だったお接待

私のふるさと四国には、お接待の文化がある。“おへんろさん”という言葉を聞いたことがあるだろうか。四国に点在する八十八ヶ所の霊場(お寺)を巡っている人のことを、愛情を込めてそう呼ぶ。一番札所から八十八番まで順に歩いてお参りすると願いが叶うといわれている。
私の家はへんろ道の道中にあるので、しょっちゅうおへんろさんが訪ねてきた。みんないろんな思いを抱えて何百キロの道のりを白装束で歩いている。玄関先で念仏が聞こえ始めると、おへんろさんだなとわかる。「ちょっと拝ましてもらえますか」という方もいるし、なにも言わないのに玄関の前で拝み始める人もいる。ならわしを知らなければ、不審者! と思うかもしれないが、家の平穏無事を願って拝んでくれているので心配はない。

おへんろさん

その間に私たちは食事を準備してお盆に並べて玄関先へお出しする。拝み終わったおへんろさんを案内すると、笠を取り玄関にこしかけてご飯を食べ始める。

 

「そのときに家にあるものでいいから、できることをするのがお接待よ」と子供の頃、母が教えてくれた。一度たこ焼きパーティーをしているときに訪ねてきて、山盛りのたこ焼きを出したこともあった。お米や果物、少しのお布施を渡して、旅の無事を祈って送り出す。それが四国に住む人の当たり前だと思って育ってきた。夕方に来て泊まって行く人もいれば、庭にテントを張らせてくださいと言う人もいて、祖父はよく旅人を家に泊めた。

 

最近は、海外からのおへんろさんも多く、二年ほど前にはフランス人の親子がやってきたりもした。一度来た人がまた数年後、元気な顔を見せてくれることもあって無事に回り終えたんだなと嬉しくなる。なぜ巡っているのか、深いことは聞かない。もちろん喋ってくれたら聞くけど、それくらいでいいのだと昔から母が言っていた。よく四国へ来てくれましたね。そう思ってお接待をして気持ちよく次の場所を目指してもらう。

●忘れられない、お隣県での優しいおもてなし

数年前、香川県の小豆島へ行ったときに、おいしいお接待を受けたことがあった。とても暑い暑い日だった。瀬戸内国際芸術祭を見に家族で島を訪れ田園風景の中を歩いていたところ、汗だくになり、どこかで休みたいな…といっても当然カフェなど見当たらない。ふと畑の真ん中に小さな公民館があることに気づいた。〈どうぞ休んでいってください〉と書かれている。中に入ってみるとかわいらしいおばあちゃんたち数名が待っていてくれた。

「さあ、暑かったでしょう。畳の部屋にお入りなさい」「麦茶どうぞ」「スイカも食べたらええよ」「ところてんも食べるで?」
え? ところてんまで出してくれるの? 平たい金のバットの中には、つやつやのところてんが光っていた。包丁で切って、ところてん突きでツーッとお皿に出す。
「酢じょうゆにするで? 黒蜜にするで?」
私は酢じょうゆにして、妹は黒蜜にした。口に入れて驚いた。まったく臭みがないのに、目の前に瀬戸内海が広がるようなほのかな海藻の味がある。それは生臭さとは違って、牧草のようなさわやかさだった。あのところてんのおいしかったこと。今まで食べてきたのは何だったのかと思うほどに。

「どうしてこんなにおいしいんですか?」と尋ねると、
「その天草はな、昨日この人が海でとってきたもんやけんね、新鮮で臭みもなくておいしいじゃろう?」
指さされたおばあちゃんは、小さくてほのぼのとして、とても海に天草を取りに行くとは思えなかった。人は見かけによらないとはこのこと。海に行って自分で海藻をとってきたらところてんってつくれるの!? という驚きも大きくて、私たちはしばらく公民館で涼を取りながら島の話を聞いた。芸術祭なのでアートを見て回ることももちろん楽しいけど、地元の人と話をしてみて初めて島の味や文化を知ったのだった。

海外とか知らない土地で優しくしてもらったことを、人は忘れないし、受けた恩を他の人に送っていこうと思える。いつもはおへんろさんを迎える側なのに、こうしてお隣の県でお接待をしてもらったという嬉しい体験だった。

●本格的なところてんをつくってみよう

今年の夏、私たちは、おばあちゃんを思い出して天草でところてんをつくりたくなった。最近は、天草はなかなか普通のスーパーでは手に入らない。今は粉の寒天が主流かな。あっても糸寒天や棒寒天だと思う。旅行なんかで海沿いの町を訪れたとき、乾物屋とか道の駅を探し回って、天草を見つけられたらラッキーだ。天草からつくったところてんは、香りがいいしやわらかくなめらか。ぜひ皆さんもこの夏、本格的なところてんをつくってみてはいかがでしょう。

【夏のぜいたくデザート ところてん!】

夏のぜいたくデザート ところてん
ところてん突きでキューッと突きます

(1)天草50gを洗って、しばらく水につけておく。
(2)3リットルの水に入れて強火でカーッと炊く。
(3)天草がやわらかくなったらお酢を大さじ1入れるとさらにやわらかくなるよ。
(4)とろっとろになるまでさらに煮つめる(20分くらいかなあ。強火で。吹きまけないよう注意)。
(5)火を止めてガーゼふきんや手ぬぐいでこします。
(6)平たい容器に入れて粗熱がとれたら冷蔵庫へ。
(7)包丁で縦長に切り、ところてん突きに入れ、キューッと突きます。これがたまらなく楽しい!!

きな粉&黒蜜をかければ特製のデザートに
左は〈酢醤油、生姜、ごま〉右は〈黒蜜きな粉〉

きな粉&黒蜜をかければ特製のデザートに! 酢じょうゆorポン酢も最高! ショウガ、練り辛子、ゴマ、ミョウガ、大葉も合うよ! 天草が手に入らないときは棒寒天や、糸寒天、粉寒天でもできます。ところてん突きがなくても、四角のままたべてもそれはそれでおいしいよ!

【高橋久美子さん】

1982年、愛媛県生まれ。チャットモンチーのドラムを経て作家・作詞家として活動する。主な著書にエッセイ集「いっぴき」(ちくま文庫)、絵本「赤い金魚と赤いとうがらし」(ミルブックス)など。翻訳絵本「おかあさんはね」(マイクロマガジン社)でようちえん絵本大賞受賞。原田知世、大原櫻子、ももいろクローバーZなどさまざまなアーティストへの歌詞提供も多数。NHKラジオ第一放送「うたことば」のMCも。公式HP:んふふのふ

高橋さんのエッセイ集

『捨てられない物』は、ギャラリー芝生の通販にて8月末まで発売中、9月からは高橋さんのHPにて発売。