作家・作詞家として活躍する高橋久美子さんによる暮らしのエッセー。今回は、農家として人との関わり合いの難しさについてつづってくれました。

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第84回「暮らしと人の関わり」

暮らしっく
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11月、みかんの収穫の季節がやってきた。この季節になると、愛媛県の山々は美しいオレンジ色に染まる。私の家も、小さいながらみかん畑があるので、毎日みかん狩りに出かける。陽の光を受けてつやつや輝く果実を手にすると、一年間の苦労が吹き飛ぶ。

70年の老木である上に、無農薬栽培をしているのでちょっと目を離すと幹が虫にやられて、いろんなところに穴があけられ幹が空洞になっていたり、根っこが腐ってしまっていたり。小さな虫の力は、集合すればすさまじいのだ。

みかん農家

春、数十本ある木を、土を掘り起こして根っこの方までひとつひとつ時間をかけてメンテナンスをする。年に数回は腐葉土などの肥料をあげて、夏の日照りのときには水をあげて…。もうくたくたで家に帰る。

メディアでは、収穫期の華やかなところばかりがクローズアップされるけれど、収穫が一番楽しい時だと思う。夏や春の作業の方が余程しんどいのだ。どんな農作物も年間を通して見守ってきたからこその、実りの秋だ。

 

●通りすがりの人に「みかんを分けてください」と言われたら…?

先日、Twitterを見ていると、和歌山のみかん農家さんがこんな投稿をしていた。

通りすがりの人に「みかんを分けてもらえないか」と尋ねられ、値段を伝えると「こんなにたくさんあるのにお金をとるなんてケチだなあ」と言われたとのことだった。

おお…。言い方がひどいなあ。ここまで辛辣なもの言いをされたことはないけれど、愛媛でも似たようなことがあった。

現に、私もみかんの収穫中に、通りすがりの方に「ちょっと分けてもらえないか」と袋を差し出されたことがあった。なんとなく断りづらくて、大きめの袋にどっさりと入れてあげたのだった。でも、この人は一体だれだろう。なぜ見ず知らずの人にあげなくちゃいけないんだろう…後味の悪い経験だった。

みかん

「愛媛では、みかんは買うものじゃない。コンテナ単位でもらうもの」

冗談も交えて、みんなそう言う。「そうよねえ~」と一緒になって笑っていたけど、農家の娘としてはいつも複雑な気分だった。

汗だくで、祖父や父が草刈りをしたり、世話をしているのを知っていたからだ。でも、父も祖父もみかんはみんなにあげることが当たり前だと思っていたと思う。もちろん近所の人やお世話になった人にはあげたり、物々交換をしたりする。こちらがそうしたい人たちだからそうしている。

でも節度をわきまえてない方々も案外いらっしゃって、たくさんあるから、いくらでも無料でもらっていいものだと思いこんでいたりもする。

農家が外で汗を流して頑張っている時間、あなたも働いて賃金をもらっているでしょう。職場が農地なだけで、それと同じなんだよ。なぜパッケージされていない農作物となるとただでもらえるになるのか。

投稿者の和歌山の農家さんも書いていたが「これが一年分の収入」である。うちは兼業農家だけど、専業農家は秋の収穫で一年分の収入が決まる。兼業農家でも、育て方は専業農家と同じ。さすがにその量は買ってくれ。と思うくらいもらって帰ろうとする人もいて、ほんとに人付き合いって頭が痛い。そういう人に会うと、自分も気をつけようと思うのだった。

●これから意識しておきたい人との関係性

みかんの食べくらべ
みかんの食べ比べ。みかんの種類は豊富

私も、近所の方に梅をいただいたり、長野の友人にりんごをもらったりする。お返しにみかんを送ったり、草刈りのお手伝いをするなど、ちょっとした気遣いを忘れないでいる。毎回でなくてもいいとも思うけど、やっぱり、大人な付き合いをしたい。そう思うのは、私自身が今、二拠点生活で農作物を作りはじめて、その苦労がより分かるようになったからかもしれない。

親しい友達に仕事をお願いするときほど気をつけねばならないというのも同じことかもしれないな。自分が一人で作家をしているから、この10年でいろんな人に出会ってきた。良い目にも、痛い目にもあってきた。

持ちつ持たれつ、思いっきり甘えさせてもらうときもあるけど、甘えさせてもらった分、いいお仕事のときにも誘いたいなと思うし、やっぱり友人は大切にしたいなと思うのだ。

こうして人間関係は面倒くさくなったりもするんだけど、悩んだときにはちゃんと話せばいい。「お代をきちんと払いたいと思っているよ」とか、「代わりに草刈りするよ」とか「今回は無理だったら遠慮なく断ってね」とか。心でもやもや考えているよりは、言葉で伝えてそこから新しい何かが生まれるならば最高だし、難しくてもきっと二人の関係性は悪くなんてならない。それで悪くなるようだったらそれまでなんじゃないかな。

なんて書いておいて、押しの強い人には、和歌山の農家さんみたいに「お金払ってね」と言えない高橋家なのであった。

逆に、自分のことを振り返ってみると、20代の頃なんかは甘えっぱなしだったかも。冷や汗出てきたわ。甘えっぱなしの人たち、ごめーん!!

 

【「暮らしっく」が一冊の本になって発売!】

さて、こんな高橋さんのこれまでの「暮らしっく」の連載が一冊の本になり、11月30日に発売されることになりました。また、タワーレコードのオンラインではサイン本の予約も始まっています。

数量限定!「暮らしっく」サイン本の予約はこちらから

また、12/11には、本屋「生活綴方」の店長・中岡さんとの対談とサイン会開催予定です(配信もあり)。詳細は後日発表いたします。どうぞよろしくお願いします。

 

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